熊本市の様子について
1)グーグルアースとマップを交互に見る!
■グーグルアースとマップを交互に見ると、立体感が出てくるようになるかと思います。
特に、アースは3Dにしてください。立体的に見えますので、山間部と平野部が特にわかりやすいです。
大まかに分けるとなると、西側の山と海に対し、南側の田畑、そして北側の台地、東側の住宅群というように理解できるのではないでしょうか。
2)土地利用
■東西南北に分けてみます。
・北の台地→3Dで金峰山を見れば、火山と一目瞭然、すると、火山からの溶岩流とかで台地となり、火山灰が降り注ぎます。
もちろん、多くは阿蘇の過去数億年?における大噴火(北海道まで火山灰層がありますので)が主でしょうが。火山灰地=水はけがいい=スイカという構図になります。植木スイカですね。
・西の山地→海の反射光を生かした、ミカン作りが盛ん
河内ミカンですね。
・南の平地→1枚私が作成した画像を添付していますが、茶色は古墳、オレンジは貝塚、地名(海や水に関する名称が多い)からしても熊本平野は海底だった(八代もですが)!
そこへ阿蘇からの白川をはじめとした河川群(井芹、坪井、緑川)が山地(阿蘇を始め、九州山地)からの肥沃な土を運んできて、縄文海進が終わり、陸地化するが、水浸し状態、だから水田地帯が広がった!! 住宅地には適さなかった!(近見周辺は元河川の川道=旧3号線は地震で液状化現象)
・東の住宅地→もともとは阿蘇山系の台地(大津のさつまいも)だったが、県立大の前進=飛行場、県庁舎等々、水はけもよく、住宅地が増える素地があった!
地名と地図
3)多数の住宅 vs 交通インフラ
■この2つ、どちらが先でしょうか。
住宅が増えるのと、道路をはじめとした交通インフラ(電車も含め)は並列思考となります。卵が先か、鶏が先かと同じです。
一方の、住宅地が少ない西や南(水田の畦道から発達した農道は別)では東ほどインフラ整備がありません。
歴史も関与してきます。薩摩街道と豊後街道(大分側からは肥後街道と呼びます)の存在、つまり参勤交代路の存在ですね。前者は3号線と高速とJRですね、後者は57号線とJRですね。細川氏は豊後街道を多用していましたが、薩摩藩は薩摩街道を利用していました。篤姫も!
ちなみに、JRの線路が昔の海岸線と思って結構ですよ。特に、八代平野です。
4)当然、例外もあり!
■ただ、同じ東でも、江津湖周辺は水が多いので、田畑が広がっていますよね。ただ、宅地化していっているのも事実です。田迎南は、地理院地図(白地図を作る時に重宝するサイト)でみると、周りは田になっているのですが、今は田なんてありませんからね。地名から類推するのみになっておりますね。
別件で、こんな大判地図もあります。森都心プラザ図書館2Fのビジネスコーナー横のラックに、観光パンフレットが所狭しとおいてありますが、そこに無料でおいてありますので、もらってくると便利かも!!
なお、毎年発行されています。
熊本市全図
